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凌雲寺(Ling Wan Monastery) 香港三大古寺 香港歴史建造物1080號

『青山禅院』『靈渡寺』そしてこの『凌雲寺』が、『香港三大古寺』と言われてると知り、行ってみました!ここは『三大古寺』と言う割に、他のふたつのお寺に比べて、随分綺麗で新しいような印象ですが、香港歴史建造物1080號3級認定です。(^O^)/
IMG_3204.jpg 敷地内のお寺の建物の前には広い庭があって、まだまだ新しい印象の置物がたくさん置いてあり、中にはなかなか表情豊かな方も居て『厳粛』とか『古寺の重み』みたいなのは今ひとつ感じられません(笑)
IMG_3198.jpg ここが、本当に三大古寺のひとつなの???と思ったりするほどですが、とりあえず、十分にお金をかけて、大変綺麗に管理されているのは間違いないようです。

帰って来てから調べて納得。こちらは、新界元郎(ユンロン)エリアに古くから移り住み栄えた『鄧一族』の所有だそうです!なるほどね。
IMG_3196.jpg最初の歴史は、明朝の宣徳皇帝時代(1426−1435)なんと600年ほど前にまで遡ります!

1393年、『鄧(Tang)一族』の何代目かの長男、鄧洪儀さんは弟の鄧洪贄さんが何か罪を犯した為(←何をしでかしたのかは、私のサーチでははっきりとはわかりませんが、兄嫁の兄弟と揉めた??とか)香港を追い出し、中国北東部の遼東と言う所に行かせたそうです。その弟は中国で結婚しましたが、大変貧しく、数年後他界したそうです。その結婚した嫁が、夫の灰と2人の間に授かった息子を連れて元郎の義兄を頼って来たそうです。しかしながら、その翌年、その息子も他界してしまい、狂ったように悲しみに明け暮れ、自分も死にたいと嘆く彼女の為に、鄧洪儀氏の息子達3兄弟が資金を出し合って、叔母の祈祷の場として、観音山の山麓のこの場に『凌雲靜室』を建てた。とあります。

その後は完全に放置され廃墟と化したようですが、なんと約500年後の1919年、鄧一族の子孫で、事業で成功して富豪となった『鄧伯裘』氏によって、妙參僧侶の指示の元、新たに建て直され、今に至るまで何度も修復を繰り返し、大切に管理されているようです。
IMG_3206.jpg そう言えば、敷地内に廃墟のような建物がありました。あまりの廃墟ぶりに、怖くて写真は撮らなかったのですが、恐らくあれが元の『凌雲靜室』だったんだと思います。

今あるお寺は、中に入ると思わず、わぁ〜!っと声をあげたくなるような、真っ赤な提灯が綺麗に並び、その奥に美しい仏様が並ぶ光景が目に入り、感動します♡
IMG_3201.jpg 『香港三大古寺』それぞれに歴史が深く、見応えがあるので是非!機会を作って訪れて欲しいです。遠いように思えても、その気になれば1日で3つのお寺全部、急がなくてもゆっくりと回れますよ〜!(^O^)/

<香港三大古寺>
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東蓮覺苑(Tung Lin Kok Yuen)法定古墳

こんなところに仏教寺が!?

と知り、行ってみました『東蓮覺苑(Tung Lin Kok Yuen)』。場所はなんと以前住んだ事もある跳馬地!(ハッピーバレー)。当時、犬の散歩で何度も通ったことのある道。なんかちょっと変わった建物があるな〜とは思っていましたが、まさかこんな街中に本気のお寺があったとは!
IMG_4084.jpg 行ってびっくり!こちら『香港法定古墳』指定の、素晴らしい建物でした!

何東男爵(Sir Robert Ho Tung)とその妻、張靜蓉夫人(Lady Clara Ho Tung)夫妻によって、1935年に建てられ、苗字の何東から『東』と、婦人の後の法名『蓮覺』を取って名付けられたそうです。
IMG_40812.jpg 裕福な家系のご主人と結婚したクララ夫人は大変熱心な仏教徒だったらしく、仏教の教えを多く広めたいと言う想いに加えて、貧困層の女性が自立する為には、教育を受ける事こそが必要だとして、このお寺の隣に現在もある学費無料の仏教系女子校『寶覺小學(Po Kok School)』を建てたそうです。(注:元は女子校でしたが、2003年からは、男児も受け入れているそうです)IMG_4083.jpg 建物は、レンガを積み上げた壁に矢印のような形の瓦屋根。窓にはステンドグラスが使われていたりして、西洋的なデザインと仏教と言う東洋の融合で、なんとも香港らしい不思議な仏教寺となっています。IMG_4082.jpg 行った日はたまたま観音様のお誕生日だったらしく、盛大な法要が行われていた為、建物の中は撮影NGだったのですが、法要中の僧侶が全て女性だったのがとても印象的で、何故なんだろう?と思いましたが、帰って来て歴史を紐解いて納得でした。


外観からは想像もつかないお寺。西洋と東洋が混ざった香港ならではの素晴らしい建築物。
銅羅湾からヒョイっとトラムに乗って是非行って見てください!


動画を見つけたので貼っておきます。



靈渡寺(Ling To Tsz)香港歴史建造物1075號

前から行って見たかった、香港三大古寺のひとつ『靈渡寺』と言うお寺に行って来ました!

場所は九龍半島の北西、屯門から浮流山へ向かう山の中。グーグルマップにナビをセットして、助手席のお友達に道を追ってもらっても、かなり迷いに迷い、高架下の暗い道を抜けて山道に入り、野犬やら古いお墓やらが続々と出て来て『ほんまにこんな所に三大古寺なんてあるの???このまま進んで大丈夫??』と思うようなボコボコの山道を走り、やっと辿り着いたのがこちら。
IMG_3193.jpg香港ならではの派手さもなく、暗くて高いレンガの壁に遮られ、ひっそりと隠れるように建っていました。

車を止めて、入り口はこの小さな石の門。ちょっとドキドキしながら入ってみたら、そこは別世界!
IMG_3176.jpg 外見からは想像もつかない、なんとまあ〜〜〜〜〜〜〜美しい内装に大感激!!!そして、身震いするほどに澄み渡った空気感。日頃全く霊感の無い私でさえも『ここは間違いなく聖なる場所なんだ』とビンビンに感じる、何とも言葉では言いようのない、目に見えない何かが漂う素晴らしい場所でした。
IMG_3182.jpgそんなこの『靈渡寺』。今あるこの建物は大変美しく、綺麗に整備されていて、そんなに古そうでもなく、本当にこれが三大古寺なの???と思いますが、歴史を辿ればなんと!前に行った『青山禅院』 とストーリーは繋がります。IMG_3189_20180730153735b1b.jpg 『青山禅院』は、5世紀に木のお椀に乗って大海を渡って屯門へ辿り着いたとされる僧侶『杯渡禅師』が修業をした岩山(=青山)が聖地となった所でしたが、この『靈渡寺』はその杯渡禅師が初めて建てた僧院があった場所だそうです。IMG_3187_20180730153738d33.jpgオリジナルの僧院は、今のこのお寺の裏山にあったそうですが、老朽化が激しく、修復できないほどの廃墟と化した為、古くから新界に定住して繁栄した鄧一族によって場所を少し移して1840年に建て直され、その後1861年に修復、1927年に再び建て直され、更に1970年と2002年にも大規模な修復がされたそうです。

そして、第二次世界大戦中は、攻め入る日本軍から逃げるゲリラ兵や子供達の避難場所となり、仏陀によって日本兵と飢餓から守られた。とあります。 
IMG_3190.jpgここの本殿にはお釈迦様、薬師如来、阿弥陀仏が祀られ、左殿には観音菩薩、右殿には道教の三神、入り口正面には関帝が祀られ、香港ならではの『仏教と道教のミックス』となっているようです。
IMG_3177.jpg 虎の形をした山脈の、虎の頭の部分に建てられたと言うこのお寺。もちろん風水バリバリの地で物凄いパワースポットだそうです。

はるばる、山道を走り抜けてでも行く価値のあるこの場所に、機会があれば是非!足を運んで見て下さい。


場所はこちら→『靈渡寺』
 

道教青松觀 (Ching Chung Koon) 歴史建造物407號2級認定

木の茶碗に乗って大海を渡り、辿り着いた僧侶が修行をしたと言う『青山禅院』へ行った後、せっかく屯門まで来たんだしと思い、もうひとつ行ってみたのがこちら『道教 青松觀』。本殿は、香港歴史建造物認定407號、2級認定でございます♪

なんと、ここも李小龍(ブルース・リー)ゆかりの場所らしく、『燃えよドラゴン』のオープニングに出てくるそうです!李小龍ファンには、これまたたまりませんね!(^O^)/
IMG_9659.jpg この『青松觀』。そもそもは1941年の広州で”何啓志”と言うひとりの全真派道教徒によって作られた『至寶台』と言う『貧しい人達に無料で中医学の治療を提供する廟』から始まったそうです。

その後1949年、発起人である何さんと、その周りの彼を慕う道教信者達は広州から香港へ移る決意をし、1951年に油麻地に『青松仙觀』と言う廟を建設。その後も貧困層への無料の中医療の提供は続けられたそうです。その後”侯寶垣”と言う名の成功した商人がリタイア後、屯門にこの大きな道教の施設を建設するための基金を立ち上げ、リタイア後の彼の人生を捧げて奔走し、1960年12月、道教全真派の龍門派により、現在の青松觀が完成したとあります。
IMG_9660.jpg 『青松觀』と名付けたのは、文字通り『青い松の木』が四季を通して常緑で大変丈夫な事から『長寿・不滅・不死』などのイメージに繋がり、青松は道教のシンボルとされているからだそうです。

大きな門を潜って中へ入ると、広大な土地に、まあそれはそれは見事に風水に基づいて設計された、素晴らしい道教の世界観を見ることが出来ます!

本殿手前には、三頭の立派な龍が蓋を開けている大釜があり『淨化寰宇(Universe Purification)』と書いてあります。どうやら、森羅万象を浄化させてくれるそうです。(๑˃̵ᴗ˂̵) いやぁ〜凄い!!!痺れる!
IMG_9950.jpg そしてもう少し本殿に近づくと、じゃーん!!!なななんと!

門から本殿への一直線上に丸池、中に岩山。そして合間から瓢箪の噴水〜〜〜〜〜!あかん、こりゃもう最強〜〜(≧∀≦) 完璧!!!凄い凄い凄い!!!!!IMG_9959.jpg そして門と本殿を繋ぐ直線上の中心には、陰陽マーク!ここはもう、良い『気』が、気が、気が!びゅんびゅん通り抜けています!!!(←ほんまかいな)Ching-Chung-Koon-Yin-Yang-1024x589.jpg(↑↑この陰陽マークの画像のみ、ネットから借りました。自分でも撮ったはずなのに何故かカメラに残っていない。) 

本殿左手には六角堂。
IMG_9925.jpgその横には滝があり、岩の合間に小さな仙人像が置いてあって萌え♡ そして岩の穴から白い鳩がパーっと飛んで門から出て行き、また門をくぐって戻って来る。と言う、なんとも幻想的で福来たる的な状況に、気分はアガりっぱなし!!!IMG_9926.jpg 他にも、徹底した風水バリバリ八角デザインなどに唸りますが、ここは、初期の中国からの難民の方達の大きな受け皿となり、貧困層への中医学の治療と漢方薬の無料提供、ベジタリアン料理のサービスなど、今日に至るまで、多大な活動が続けられているそうです。IMG_9652.jpg 今では、『青松觀アソシエイト団体』として、広大な敷地に老人ホーム、介護センター、中医診療所などが併設されているだけでなく、永眠の場所(納骨場)としての建物も増設されており、多くの方が足を運ぶ、香港人にとっては大変重要な場所となっているようです。
IMG_9933.jpg 
そしてようやく。本殿の名称は『純陽殿』IMG_9650.jpg 中に入ると、キラキラ輝くシャンデリアにカラフルな色彩で、大変手入れの行き届いた美しいインテリア。IMG_9648.jpg 200年前に北京故宮にあったランプや、300年以上前の白石の女神像など、貴重な美術品もゴロゴロあって。IMG_9644.jpg その中心に祀られているのは・・・。中国八仙の中のひとり『呂洞賓』でございます。(^O^)/
IMG_9647.jpgこの方については、長くなるのでまた次回! 

今日の最後は李小龍でどうぞ♡ 一番最初に出て来ますよ!青松觀!




李小龍(ブルース・リー)と龍の骨@青山禅院

前回、茶碗に乗ってやって来た、杯渡禅師から始まる歴史について書いた香港三大古寺のひとつ『青山禅院』ですが、ここには歴史建造物以外にも、グッと来る見どころがたくさんあります♡

お寺の隣のボロい建物の横にある、見落としがちな山道用の急な階段を登ってあがると、なんと!突然、李小龍(ブルースリー)に出会えます♪ そうこちら、李小龍ファンにはたまらない、彼が精魂込めて作った『燃えよドラゴン』のロケ地なのだそうです!(^O^)/ いえ〜い!すご〜い!!!
IMG_9617.jpg いえ〜い!すご〜い!!!なんて、喜んではみたものの、実は私、アクション映画好きでも、李小龍のファンでもなんでもなく、『燃えよドラゴン』を始めとする彼の映画、1本も見たことありません(滝汗)

もしかしたら『そんなん、私も知らんよ』ってな方も居るかしら?と思うので、検索して見つけた動画を借りて載せちゃいます。まずはダイジェスト版、今時のONE OK ROCKをバックに♡ ロケ地が青山禅院で萌え〜!そして、今更ながらに初めて見た『動く李小龍』めっちゃかっこええー!(♡_♡) 

そして、この『燃えよドラゴン』のメイキングフィルムを見つけて更に大感動♡

おまけに、初心に戻って、李小龍ってどう言う人なの?・・・で『知ってるつもり』発見。懐かし〜〜!!!

英雄。この映画の上映を待たずに、本当に若くして突然散ったのね。(涙)・・・って、ファンの方がいたら『はあ?今更そっからかーい?』と怒られそうね(^_^;) ごめんなさい(汗)

いろいろ調べて、知りました。これは『Don't Think, Feel』の名場面だったんだと。めちゃめちゃ感動♡
IMG_9617.jpg 


そして、青山禅院。もうひとつの見どころはこちら。なななんと!!!こんなんもあります!龍の背骨のひとつだって!(*_*;) まじですか。そんな貴重な龍の骨に『龍骨』とかデカデカと書いちゃうのね(^_^;) ほんまかいな。それもなんか、薄汚い鉄格子の中で、後ろはセメント袋積み上げてあったりなんかするけど(笑)おいおい。
IMG_9634.jpg そんなゆるいところもひっくるめて、楽しい香港。まだまだ奥が深いです!


青山禅院 行ってみる価値はあり! 是非!!!



青山禅院(歴史建造物10號)

屯門にある『青山禅院』と言うところに行って来ました(^O^)V

こちら、香港三大古寺のひとつだそうで、もちろん、香港歴史建造物認定。この門や中にある建物など、実に11ヶ所もがグレード1〜3級認定で、グレード無しを含むとなんと16箇所もが認定されている、まさに歴史建造物だらけの由緒あるお寺なのでございます。・・・って、今まで存在さえも全く知らなかったんだけど(汗)
IMG_9594.jpg 軽鐡最寄駅『青山村』から、なかなかの急な山道を上がった所にあり、やっと着いたと思ったら門までまた長い階段で、はぁはぁ言いながらこの門をくぐると、まずは、仏教を守護する4つの神、聖なる山の東西南北に住むと言われる『四天王』の大きな石像がお出迎えしてくれます♡
四天王このお寺、歴史を辿るとなんと!!!仏教が中国に伝わった呉王朝時代(222−280年)を経て、5世紀、宋王朝の時代(420-479年)にまで遡ります。

5世紀中頃、現在の屯門舊墟(オールドマーケット)辺りには、海外からの入国者を管理するための駐屯地があったそうで、王朝から派遣された役人達が駐在していたそうです。そういう施設の中に、まだ宗教的儀式をする僧侶が居なかった時代に、神秘的な能力を携え、木のお椀に乗って大海を渡ってこの屯門の地へ辿り着いたとされるひとりの僧侶が登場し、人々は彼の事を『杯渡禅師』(お椀で渡った法師)と呼んだそうです。

彼は施設の裏山に籠り、岩の合間で修行をし、仙人のような暮らしをしながら人々に説法し、多くの病人を癒し助けた為、人々は彼を崇拝するようになり、この山を『杯渡山』と名付けたそうです。そんな歴史から、この辺りは『香港の仏教発祥の地』と言われているようです。
IMG_9624.jpg 『天が開いた岩石が、杯渡法師を迎える』ってな意味の門でしょうか。この奥には、杯渡法師が解脱したと言われる洞窟のような岩間があって、なんとも言えない空気感に、思わず、おお〜〜〜〜!!!っと唸ります。

その後、杯渡法師は晩年この地を去って東南アジアに戻り、残った修行僧達によって伝説の聖地となって祀られるようになり、信者が参拝するようになったそうです。7世紀には菩提達磨大師(だるま大師)も訪れ、重要な聖なる巡礼の地となった。とあります。すっご〜〜〜い!!!


その後、時は流れて1829年。屯門で成功をした陶一族によって、尼僧が祖先を祀り参拝する為の『青雲観』と言う”道教の廟”が建てられ、尼僧はここへ移り住み、杯渡法師をずっと祀り続けた後、1914年に陳春亭と言う人に青雲観の管理が任されました。彼は廟を大きくして信仰を拡大させる為に、近くの土地を次々と買い足したそうです。
IMG_9602.jpg この『青雲観』と言う廟。香港中の神さまがごちゃまぜ大集合、皆でワイワイ話しているかのような感じで結構萌えます。(笑)
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IMG_9613.jpgそしてこの『青雲観』の管理者となって土地を買い足しまくった陳さんは1918年、道教の修行の途中で仏教に目覚め、当初の道教廟の増築計画を中止して、道教の廟のとなりに仏教の寺を建てる!なんて事にしちゃったそうです。(笑)この辺り、なんでもありな香港らしくて結構ウケました。(笑)
IMG_9636.jpgそうして、1918年から12年を費やし、道教廟の隣に出来上がった仏教のお寺がこちら『青山寺』IMG_9631.jpg本堂の中には、金ピカピカピカの仏像が三体座っておられ、南無阿弥陀仏でございます。IMG_9626.jpg 扉も鮮やかに色塗られてめっちゃ可愛い♡

仏教寺と道教廟は本当に今でも隣り合わせで、寺から廟への扉には、こんな風に『龍は常に天に住む』なんて書かれてる門があり、『ああ、もしかしたらこの土地は昔、本当に九頭の龍が住んでいた龍宮城だったのかも♡』なーんてな爆発的妄想をしながらカラフルな色彩の中をお参りすると気分もアガります。(^-^)/
IMG_9629.jpg 後に、仏教徒に転向して『顯奇(ヒンキー)法師』となった陳さんが亡くなった1932年以降、道教と仏教がミックスされちゃったこの不思議な場所は、その後管理者を見つけることが難しく、管理人の居ないまま放置されていたようです。

この屋根の鳳凰、すごい〜〜〜!IMG_9627.jpg 英国から中国へ返還直後の1998年、最高裁はこの土地に道教と仏教の為の場所としての権利を認め、現在は青雲観を覗く青山寺全体を、青山寺慈善信託理事會によって管理され、修復されて大変美しい状態で残っています。IMG_9620.jpg現在も、屯門駅前の道路は『杯渡路』と名付けられ、屯門川の東側には軽鐡『杯渡』駅があります。
IMG_9625.jpg 遠いように思える新界も、便利になった今は『尖沙咀東』からMTRウエストに飛び乗って『屯門』まで、わずか36分!そこから歩くかタクシーに乗るかで訪れれば、その気になれば午前中で往復できます。

遥か遠い昔、木の茶碗に乗ってやって来たなんて、まるで一寸法師のような伝説を持つ青山。こんな所にこんな香港も発見!壮大で心洗われるプチ旅行を、是非!



Boundary Stone 界石@黃泥涌道

ハッピーバレー競馬場近くの聖マーガレット教会聖ポール小学校まで行ったら、是非とも、すぐ側の黃泥涌道、競馬場側の歩道にポツンと立っている、こんな石を見つけて欲しいです。

 こちら、石に刻まれている通り、1903年に立てられたCity Boundary Stone (界石=境界を示す石)のひとつでございます。(^O^)V
IMG_5536.jpg香港が英国の植民地になってすぐ、英国政府は現在の中環(セントラル)にほとんど全ての政府機関を置き、そこを中心にして最初に都市化して行った現在の上環〜金鐘辺りを、当時の英国ヴィクトリア女王にちなんで、『The City of Victoria維多利亞市(ヴィクトリア市)』と名付け『香港の首都』的な位置付けとされていたそうです。

その後、発展と共に『ヴィクトリア市』の範囲を徐々に広げ、1890年代には、現在のケネディタウンから銅鑼湾までを『ヴィクトリア市』とし、その中を4つの『環』(日本で言う『区』)『四環=西環、上環、中環、下環』に分けたそうです。下環は現在の”湾仔”の事で、それ以外は今でもそのまま同じ名称が使われていますね。

古い地図をよく見ると現在のヴィクトリアハーバーはホンコンハーバーと書かれ、その下にCity of Vicotoriaと書かれています。
Victoria_City_and_Kowloon_1915.jpg (注:↑この古い地図は、ネットからお借りしています。)

Boundary Stone(界石)と言うのは、『ヴィクトリア市はここまで』と境界を明確にする為、1903年に立てられた石標の事で、全部で7〜8個あり、そのうちの6個は現在も残っているそうです。

この下の地図の①〜⑥が現在も界石のある場所ですが、バツ印の場所には、界石があったと言う記録が残っているので、全部で7個だった説と、記録はないが②とバツ印の間にもうひとつあったとされる、全部で8個だった説があるようです。なんでも風水と縁起を大事にする香港。『8個』だったんじゃないの〜?って思いますね。
4-640x391.jpg (注:↑この画像もネットからお借りしています)

ヴィクトリア市、こう言うエリアだったようです。
境界石 (注:↑この画像もネットからお借りしています)

IMG_553421.jpg (注:↑この画像もネットからお借りしています)

1903年に立てられ、今も残る英国領時代の遺跡。
ヴィクトリアシティーに想いを馳せながら、全部探してみるのも面白いかも知れません。







St. Paul's Primary Catholic School 聖保祿天主教小學 (歴史建造物427號2級認定)

ハッピーバレー行きのトラムに飛び乗って、聖マーガレット教会を訪れたら、ついでにちらっと見て欲しいこの建物。『聖ポールカトリック小学校』。残念ながら現在は修復工事中であまり近づく事も出来ませんが、こちら聖マーガレット教会よりも前、1907年の末に完成した、歴史建造物第427號2級認定でございます。(^O^)V

ゴシック様式のデザインが可愛いこの古い建物、今は小学校になっていますが、なかなか切ない歴史を背負っているようです。
IMG_5537.jpg
元々は、1848年、英国の植民地になってすぐに香港にやって来て、銅鑼湾で活動していたフランスの『Sisters of St. Paul de Charters (沙爾德聖保祿女修會)』と言う修道院からの働きかけにより、英国植民地政府によって建てられ、1908年1月6日から解放された『Le Calvaire (加爾利略山會院)』と言う名の孤児院だったそうです。

フランス系修道院のシスター達は、当時、世継ぎのために男の子を望み、貧しくて何人もの子供を育てられなかった貧困層の両親に捨てられた赤ちゃん(主に女の子)をたくさん目にし、早急に救助して育てる必要性があると思い、教会の司教から政府に交渉するよう求めたのが始まりのようです。

トラムが走るこのWong Nai Chung Road(黃泥涌道)を歩きながらこの建物を見上げた後、老舗のフレンチ『AMIGO』へと歩く途中、よく見るとAMIGO手前、左手の石壁に『ああ、ここが孤児院の入り口だったんだ』と知らされる石のゲート跡が今でも残っていて、胸が熱くなります。
IMG_5574.jpgそして更に切なくなるのはその後、日本が占領していた1941〜1945年の間、この建物はなんと警察署及び刑務所として使われていたそうです。日本軍による占領によって追われた孤児院の子供達はどうなってしまんだろう・・・と思うと、日本人としては感慨深いものがありますね。

戦後1946年、英国植民地政府の元に戻ったこの建物は、孤児院として使用することを終了し、政府系小学校にする事になったそうです。2012年に香港歴史建造物に認定され、現在は仮校舎に移転してここは修復中ですが、修復後はまたSt. Paul's Primary Catholic School 聖保祿天主教小學として続いて行くようです。

機会があれば是非、石壁に刻まれたフランス語を見つけ、孤児院から刑務所、そして小学校へと受け継がれたこの建物の歴史に想いを馳せて欲しいです♡




St. Margaret's Church 聖瑪加利大堂(歴史建造物110號)

Causeway Bay(銅鑼湾)からHappy Valley(跳馬地)行きのトラムに飛び乗って、競馬場の周りを走り始めて最初のトラム駅『Broadwood Road(樂活道)』を降りてすぐの所、曲がりくねった坂道を見上げると、高層ビルの合間に突然現れるヨーロッパの香り!
IMG_5538.jpgこちら、1923年に建てられた『聖マーガレット教会』。もちろん歴史建造物1級認定! IMG_5540.jpg第一次世界大戦の影響により、英国植民地だった香港に多くの欧州移民が流れ込んで人口が急激に増え始めた頃、当時香港に居たカトリック司教PIZZONI氏が政府と交渉し、与えられた土地に教会を建て、不安な戦争の時代に多くの信者の祈りの場となったそうです。IMG_5566.jpg銅鑼湾のタイムズスクエア辺りから歩いてわずか10分程度に位置する競馬場のすぐ近く、割とごちゃごちゃしたエリアの中に突然現れる長い階段に大きな円柱と三角の屋根、左右に彫刻像と言う古代ギリシャ風のデザインに感動します♡

そのエントランス中央の十字架を施した重厚な扉を開けて中に入ると、これまた綺麗!!!アーチ型の高い天井に、左右のカラフルなステンドグラスから入る光が絶妙。もちろん背後にはパイプオルガンもあってなんとも美しい!
IMG_5545.jpg 
IMG_5549.jpg IMG_5555.jpg たまには、ごちゃごちゃした銅鑼湾の喧騒からほんの少し離れ、古代ギリシャ風の教会を覗いた後、1967年から続く老舗のフレンチ(でも何故か店名はスペイン語ww)の『Amigo』で、トラディショナルなフレンチコースランチを頂く。なんてのも有りかも知れません。このアミーゴレストランは、香港の各界の著名人が通った古くからの名店。
IMG_5571.jpg27年前、私の人生に大きな影響を与え、後に香港へ来る大きなきっかけとなった想い出のお店。中に入ると内装にも歴史を感じて萌えます♡



S.K.H. St. Mary's Church 聖公會聖馬利亞堂(歴史建造物146號1級認定)

銅鑼湾にある大病院『St. Paul Hospital』のすぐ近くにある、ひときわ目を引くこの中国のお寺のような、でも正面に十字架がある不思議な建物。今までにも何度か通ったことはあったけど、深く考えた事はなかったこちら、歴史建造物146號1級認定の『St. Mary's Church 聖馬利亞堂(聖マリア教会)』今回初めて、じっくり見て来ました。(^O^)V

この教会の歴史は、20世紀初頭、銅鑼湾にあった『The Eyre Diocesan Refuge for Destitute Woman(晏氏棲留院)』と言う、『何らかの事情により行き場の無くなった貧困女性達を保護する為の施設』に居た女性達が集まる祈りの場として、当時香港在住のゲラルド・ヒース・ランダー司教が、英国国教会からの支援を取り付けて土地を購入し、地元の信者達からも寄付を募り、1911年に小さな教会を建てたそうです。そしてその貧困女性達の祈りの場としてだけではなく、彼女達が自立出来るように教育の場も提供すると言う目的もあり、イエスキリストの母『マリア』の名前を教会に付けたと言う事です。
IMG_6891.jpg その後その小さな教会は、現在も隣接して建つ24時間無料の救急救助サービスを行う『St. John Ambulance Brigade 聖約翰救護』(聖ジョン救急隊)』への礼拝サービスを行うようになり、1937年、建て替えられる事になったようです。

建て替えの際、その頃、欧州留学をして戻って来た初代香港人帰国子女グループの中のキリスト教信者達による愛国心と信仰心により(もちろん多額の寄付もね)西洋文化と東洋文化を融合したデザインを望む声が多くあがった為、香港では非常に珍しい『中国式ルネッサンス様式』を取り入れたデザインになったそうです。

中国式の緑の瓦屋根に、真っ赤な4本の円柱。その上に白くて大きな十字架。そのドアを開けるとそこは、まあ見事に西洋と東洋が融和し、なんとも言えない香港らしい壮大な教会となっています!!!!!
IMG_6903.jpg IMG_6905.jpg IMG_6904.jpgこの、中国式ルネッサンス様式のデザインを取り入れた結果、この銅鑼湾エリア一帯の香港人コミュニティーへの反響は絶大で、英国植民地として西洋文化を取り入れた、香港人の新たなライフスタイルへの変化に多大な影響と効果を生み出した。とあります。IMG_6906.jpg 今でも、周りにはキリスト系の学校や病院などがたくさん集まり、受け継がれるエリア。


是非一度、足を運んでみて下さい♡ 



Mei Ho House 美荷樓(歴史建造物507號 2級認定)

レトロな朝飲茶の後、ふらっと行ってみた教会があまりに綺麗だったので、いつ出来たんだろう?と調べたら、大火災が大きく関係しているとわかり、その流れで興味が湧いたので行って来ました、こちら『美荷樓』(Mei Ho House)。香港歴史建造物507號、2級認定でございます。(^O^)V
IMG_6366.jpg たまたま、中秋節の前の週という事もあり、お月さんを思わせる、まぁるい提灯がたくさん飾ってありました♪

1954年に完成したこちら、現在の香港で唯一残る『H型シェイプ』の公団住宅の建物で、今は綺麗に改装されて、ユースホステルとして活用されています。IMG_6365.jpg 入って右手の棟のG/Fと1/Fは『美荷樓記』(Story of Mei Ho House)として、この公団住宅の歴史資料館になっています。IMG_6368.jpg 入ると、当時の写真がずらりと飾ってあり、昭和な空気にかなり萌えます♡

そしてこの団地が建設される事になったそもそもの原因が、1953年12月24日、元々このエリア一帯に密集して建っていた木造の掘っ建て小屋から発生した、香港史上最悪と言っていいような大火災によって家を失った58,000人もの被災者の為に、コロニアル政府が住居を提供するところから始まった、香港で最初の公団住宅である。と言う説明と共に、たくさんの展示物が並びます。
IMG_6370.jpg こちらが、その大火災の様子。(↓写真はネットから借りています)Fire.jpg 焼け跡。(↓写真はネットから借りています)Fire2.jpg 『美荷樓』と言うのは、その時政府が建てた29棟もある『石硤尾邨』の中の、最初の8棟『Block A〜H』の中の1棟で、当時は『Block H』だったのが後に『Block 41』になったそうです。IMG_6373.jpgこの7階建てのH型をした建物には、Hの両端、縦線部分に住居があり、Hの横棒部分にあたる中央渡り廊下に、共同で使うキッチンやトイレなどがある、共同住宅型の団地だったようです。

政府の建設計画では、大人一人当たり24sqf(約2.2平米)子供12sqf(約1.1平米)を目安とした広さの部屋を供給すると言う計算だったそうですが、被災者の数が多すぎて住居の数が足りなかった為、この狭い部屋に1家族以上が共同生活をしていた例も少なくないそうです。
100585143.jpg (*たくさん写真撮ったのに、住居部分の写真がなかったので、↑↑↑これはネットから借りています(汗))IMG_6376.jpg IMG_6377.jpg IMG_6378.jpg そして、建物の向かい側の棟には『四十一冰室(House 41)』と言う可愛いカフェが併設され、『四十一士多』と言う昭和の駄菓子屋を思い出すような、可愛い雑貨屋もあり、見どころ盛りだくさんで楽しいです。(^O^)/
IMG_6381.jpg meiho-b.jpg この、大災害から生まれた『香港で最初の公団住宅』が発端となって、後に九龍半島に続々と公団住宅が建てられ、香港居民の生活に大きな変化を与えるきっかけとなった歴史的な建物。

是非一度、訪れてみて下さい! 

ユースホステルなので、泊まる事も出来ますよ〜





St. Francis of Assisi Church 聖方濟各堂@石硤尾

先日、レトロな朝飲茶に誘って頂き、早朝から石硤尾へ行った時、ついでに少しウロウロしてみました。『石硤尾』この辺りには工場もオフィスもほとんどなく、本当にローカルの人達の住宅地なので仕事で行く事もなく、24年目にして実に初めての街歩き!

MTRの駅を出て朝飲茶をした『中央飯店』のあるビルへと向かう途中、目に飛び込んで来たなんとも可愛い建物がこちら『St. Francis of Assisi Church 聖方濟各堂』(アッシジのフランシスコ教会)
IMG_5970.jpg淡いクリームの壁にレンガ色の瓦屋根。めっちゃ可愛い(♡_♡)IMG_5944.jpgこちら、教会の隣は英文小学校とになっていて、壁面は全て子供達によるモザイクタイルアートでフォトジェニック満載!!!萌えます!萌えます!(笑)IMG_5939.jpgこんなに可愛い教会がある事さえも、もちろん知らずに訪れ、何も知らずに教会の中に入ったら、あまりの美しさに大感動!!!IMG_5932.jpg IMG_5921.jpg IMG_5931.jpgそして、帰って来てから、この美しい教会のことについて、もっと知りたくなったので調べたら、またちょっと切なくなりました。IMG_5924.jpgこの教会、最初の歴史は1860年代にまで遡ります。当時すでに、九龍城の湾岸沿いに布教の活動拠点を持っていたイエズス会は、1869年、中国で活動する神父達の為にその土地に小さな教会を建てたそうです。その最初の教会はイエズス会創設メンバーでもある宣教師のパイオニアに敬意を払い『St. Fracis Xavier Church』と名付けられたそうです。St. Francis Xavierとは、そうです!私たちの教科書にも出て来たフランシスコ・ザビエル!(^O^)/

教会はその後1930年、カイタック空港を拡張する為、政府から立ち退きを要求され、代わりとなる近くの土地に教会、学校、宿舎を移す事になったそうです。その時に多大な寄付をした『Gomes(ゴメス)』ファミリーが、自分たちの先祖の名前を教会に付けたいと強く希望したため『St. Francis of Assisi Church』と改名されたそうです。

そしてその後1943年9月、日本軍が香港を占領し、更なる空港の拡張をする為に、真新しい教会を取り壊し、地元のカトリック信者の祈りと憩いの場を奪い去った。と書いてあります。(泣)
IMG_5928.jpgそして、その九龍城エリアにあった教会とは別に、1930年代初頭頃から、深水埗エリアにはカトリック教徒の為の日曜日のミサなどを行なっていた『Precious Blood Convent(寶血女修會)』(カトリック修道院)があったそうです。

近くの石硤尾エリアには、中国から命がけでやって来た多くの移民達が暮らす不法占領地域の掘っ建て小屋がたくさん並んでいたそうなので、恐らくその修道院は貧しい人達に救いの手を差し伸べていたのではと思います。ところが1953年、5万人以上が家を失った香港史に残る大火災がこのエリアで発生し、その修道院も被害にあったそうです。政府は家を失った移民被災者達に住居を用意する必要に迫られ、その為に建てられたのが香港最初の共同集合住宅『石硤尾邨』で、その中の1棟だったのが『美荷樓(Mei Ho House)』。後に古くなった石硤尾邨を建て直す事になった時、この棟だけを残し、現在、歴史建造物507號、二級認定となり、ユースホステルとして使用されています。この政府による石硤尾邨』のプロジェクトが成功した事が、後に多くの公団住宅を建設する政策へと繋がったそうです。深い〜〜〜。
IMG_5930.jpgそしてその大火災の後の石硤尾の復興再建計画の際、被災者達と寄り添う為の教会と学校が今の場所に新しく建てられ、元々九龍城にあった教会の名前『St. Francis of Assisi Church』を再び付けることになったそうです。IMG_5923.jpg何度も被害にあっては再建するこの教会を、地元の人達は『聖五傷方濟各堂』と呼ぶそうです。長い香港の歴史を傷とともに刻む『五つの傷(聖痕)を持つアッシジのフランシスコ教会』。

深い歴史を知ると、一層興味深く、移民から香港居民となった多くの人々を救ったこの素晴らしい教会。


是非とも一度訪れて欲しいです!!!




興味のある方はどうぞ。1953年の大火災です。



Alexander Grantham fireboat 葛量洪號

太古城でTAIKOO DOCKの石碑を見た後、せっかくなのでもうひとつ見に行ってみよう!ってなわけで、24年目にして初めて行きました『鰂魚涌公園』(Quarry Bay Park)。

いやぁ〜知らなかった〜!こんな所にこんなに絶景の九龍ビューポイントがあるとは!ビクトリアハーバーを挟んで、九龍半島の西から東まで180度の絶景!この日はかなり曇ってましたが、それでも綺麗!今度、よく晴れた日の夕暮れにまた行きたい!
IMG_5586.jpg そんな公園を目指した目的はこちら。
IMG_5609.jpg『Alexander Grantham』と名付けられたこの真っ赤な船は何かいな?と言いますと、1953年に香港消防處(消防省)の旗艦消防船として、Whampoa Dock Co. Ltd(黄埔造船所)で作られた『香港製造最大級の消防船』だそうです。(^O^)V
IMG_5598.jpg指揮をとったのは、当時の香港総督Alexander Grantham(アレキサンダー・グランサム)氏で、自分の名前を船に付けちゃったって訳ですね。

1953年〜2002年までの50年間、ビクトリアハーバー及び香港周辺の海上を守る任務を無事に終了し(船舶の使用期間は50年と決まっているらしい)リタイアした後、この500トンもある香港製の船は『香港製造最大級の歴史記念物』として、鰂魚涌公園に引き上げられ、2007年から一般公開されるようになったそうです。IMG_5599.jpg この消防船の最も有名な活躍は、1972年にビクトリアハーバーで起こった初代クイーン・エリザベス号の大火災の消火だそうで、船上にはたくさんの真っ赤な消火栓が設置されてて、可愛いです。IMG_5594.jpg IMG_5595.jpg IMG_5600.jpg IMG_5596.jpg 船内には、会議室やキッチン、仮眠室などもあり、なかなか見応えがあります。IMG_5605.jpg バラの柄の魔法瓶に萌えたりする、汗だくのおばはんひとり、写真撮りまくり(笑)IMG_5603.jpg 今年は、展示一般公開10周年記念と言うことで、いろんな行事も予定されているようです。撮り鉄ならぬ、撮り船?が趣味の方は是非♡ 男の子は結構好きかもね。

興味のある方は、こちらの香港政府からのプレスリリースをどうぞ。






TAIKOO DOCK@太古城

太古城(タイクーシン)。1980年代からJUSCOとUNYがあったので、香港に住む日本人ならきっと、必ず行った事のあるはずエリアですね。住んでいたと言う駐在員さんもたくさん居るはず。その太古城UNYの地下へ入っていく駐車場の入り口横に、こんな石碑が今も残っているのを、ご存知でしょうか。
IMG_5581.jpg『太古(タイクー)』とは、英国系巨大コングロマリット『Swire(スワイア)』の中国語の社名で、元々ここは、スワイアが1902年から5年かけて建てた、当時の香港で最大のDockyard(造船所)だったそうです!

King's Roadの北側、今は埋め立てられてコンクリートジャングルになっていますが、元々は海沿いの幹線道路だったんですね〜。(↓ネットから、当時の画像を拝借しております)
taikoo-dockyard.jpgこの石碑は、当時からこの全く同じ場所に建てられもので、110年間、この街の歴史を見て来たんですね。よく見ると、石碑の前には当時の係船柱が残されていて、ちょっと萌えます。(^O^)V
IMG_5582.jpgそしてMTR『太古』駅は、よく見ると天井がアーチ型!!!おそらく造船工場の跡なのでは?と思います。(←確証はないです。オタクな英国旦那の想像による説です)
IMG_5579.jpgスワイアの歴史ビデオをスワイアのホームページで見つけたので興味ある方は是非♡

1816年、英国人のジョン・スワイア氏がリバプールで小さな貿易商を始めたところから始まり、二人の息子たちがオーストラリアと上海でビジネスを拡大。船輸送会社や保険業なども手掛けて成長し、1881年香港のクォリーベイに砂糖工場と造船会社を設立。この造船場は第二次世界大戦で大きな被害に合い、ほぼ全てを失ったものの終戦後再び建て直し、香港最大級の雇用を生み、従業員用の住居、病院、学校、娯楽施設などを次々と作ったそうです。

初代ジョンさんの孫ジョン・ジョック氏は、輸送が船から飛行機へと変わる時代を読み、カイタック空港側に飛行機整備工場を設立、キャセイパシフィックの経営を始めたそうです。そして、砂糖工場と造船所の跡地には、香港で初めての集合住宅タイクーシンを作り、デベロッパーとして手広く手掛けるようになって今日まで続く。との事です。


動画では、主に綿やシルク、紅茶などの貿易で成功した事になってますが、絶対アヘンもいっぱい運んでたよね(笑)








モザイクアート@郵政總局

先日、用あって久しぶりにセントラルにあるGeneral Post Office(日本で言う中央郵便局)へ行って来ました。
IMG_5420.jpgこちらのビル、1976年8月11日に当時の第25代目香港総督マクロホース氏によってオープンされたそうです。このマクロホース氏、香港総督としての任期が歴代最長だそうで、公団住宅の建設や地下鉄の建設など、かなりの功績を残しているそうです。
IMG_5390.jpgマクロホーストレイルを作ったので有名よね〜と思いながら、ふと、どんな人なんやろう?と思ったのでググりました。(^O^;) そしたらあら♡これがなかなかイケメンやないの♡長身のラガーマンやったらしい。結構タイプ(♡_♡)(←あほや)
(注:↓画像はネットから拝借しております)
Governor_Murray_MacLehose.jpg 
こちらの郵便局、もちろん今でも普通に営業してて、結構いつも混んでいます。
IMG_5392.jpg1/Fには、私書箱が整然と並んでいたり。ちゃんと掃除も行き届いていて綺麗です。
IMG_5394.jpgG/Fでは、今年はたまたま返還20周年と言う事もあり、ちょっとした歴史展示コーナのようなものもあり、結構、萌えます。(^ー^)/
IMG_5385.jpg 
IMG_5386.jpg IMG_5383.jpgそんな中でもひときわ感動したのがこちら、壁面モザイクアート。九龍半島側からこの郵便局を含む香港島の景色なんですが、これが実物は大きくて、縦3.97mX横6.45mもあって、なかなか見応えがあります。
IMG_5376.jpgと言うのもこちら、なんと!!!世界98カ国の郵便局の協力によって寄付された、使用済みの切手で構成されているのです!!! すごい!!!
IMG_5378.jpg IMG_5381.jpg 
IMG_5377.jpgどの切手にも、それぞれの国の消印がちょこっとあって、かなり感動します。


旅行者にはなかなか行く機会はないかも知れないけど、同じ階には売店もあって、香港郵政ならではのお土産物もいろいろ売ってるので、近くまで行く事があれば、ちょっと覗いてみると楽しいかも知れません。(^_-)-☆




心齋 Pure Veggie House

またまたfacebookからの情報で、美味しいベジタリアンのお店があると知り、熟女8人で突撃しました『心齋 Pure Veggie House』。評判通り、どれもこれも全く肉無しとは思えぬ美味しさで感動♡

次回また参考になるように、メニューと感想を残しておきます♪
IMG_4886.jpg紅燒野竹笙素翅 Vegetarian shark fin & bamboo pith in broth』 これ、フカヒレスープです。と言われて出されたら絶対わからない。一品目からいきなり度肝を抜かれる美味しさで、皆テンション上がりました!
IMG_4887.jpg野菌腐皮卷 Bean curd roll with assorted mushroom』 こちらも唸る美味しさ♡
IMG_4888.jpg椒鹽金針菇 Deep-fried enoki mushroom with spiced salt』 いやぁ〜これも白魚飯か!と思いきや、えのき!素晴らしい!!!IMG_4889.jpg乾煸百頁豆腐 Stir-fried frozen tofu with chilli』 四川のピリ辛、味が深い!
IMG_4891.jpg麻婆豆腐 "Ma Po" tofu』 肉なんて必要ないやん!!!と思わせる極品麻婆豆腐。めっちゃ美味しい!!!
IMG_4892.jpg川式水煮百靈菇 Sichuan style king oyster mushroom stew』 肉も魚も無くても味わい深い♡ たまりません!
IMG_4893.jpg露笋百合炒鮮野竹笙  Sautéed asparagus & fresh bamboo pith』 もちろん普通に美味でございます!
IMG_4894.jpg黑椒香草焗雙茄 Baked eggplant & tomato with black pepper』 酢豚っぽい感じの味付けなんだけど、いろいろ頼んだ中でこれだけが、まあまあ不人気だったかも?いや、すでにたらふく食べ過ぎてたから、お箸が進まなかっただけかも(笑)
IMG_4895.jpg即撞豆腐花 Tofu pudding』 そしてデザートにはぷるんぷるんの豆腐花♡ お腹いっぱいと言いながら、もちろんしっかり食べました(笑)IMG_4896.jpgどれもこれも、もの凄い期待通りの絶品のオンパレードで大興奮!足繁く通って常連になりたい!!!とは思うものの、ひとつだけ難点が。このお店、本気の精進料理なのでアルコール一切無し^^; ノンアルコールのビール風みたいなのがあったので、それを飲んでみましたが、まあやっぱりそれはそれ。ビールの美味しさには届かず少し残念。熟女会、初めてのノンアルコールな夜。となりました。それでも冬になったらベジ火鍋があるそうなんで、それも行ってみたい!

場所はこちら。少々不便なところにあるんだけど、金鐘始発のバスに乗ればものの10分で到着。
IMG_3105.jpgLIPPO CENTREの前のバス停から12Aに乗って。IMG_3086.jpg5つ目のバス停『YWCA前』で降りて、徒歩3分です!
IMG_3085.jpg そろそろ、あちこちガタが出てくる熟女会ですからね(とほほ)たまにはノンアルコールでベジオンリーな夜もヘルシーで良し!!!


とか言いながら、次回は水のペットボトルに入れたワインでも持ち込もうかしら(笑)そんなしてまで飲む?ww


留家厨房 Kin's Kitchen@灣仔

最近、ちょくちょく参加させて頂いているお料理教室の先生が絶賛する、超お薦めレストランに連れて行って下さいました♡ 今までの私なら『好き嫌いないで〜す!お任せしま〜す!』と言って、出て来たものをじゃんじゃん食べて、それがなんて言う料理名だったのかも全く覚えず、次誰かを連れて行っても、何を頼めば良いかさっぱり記憶なし。ってな感じだったのですが(滝汗)せっかくこのブログがあるので、次回行く時の為に、書き残しておこうと思います(^O^)V(←24年住んで、やっとかよ^^;)

まずはこちら『72度醉乳鴿』72度でゆっくりと時間をかけて焼いた数量限定の鳩料理。前に一度行った時は売り切れでしたが、今回は先生が電話で鳩予約しておいて下さったお陰で、頂きました♡ フランス産の鳩だそうで、身がしまって濃厚な味わい。もちろん手で掴んでガブリとかぶりつきました!美味しい!!!
IMG_5095.jpg続いて『太史戈渣』揚げ豆腐って感じかな。こちらはお砂糖つけて頂きますよ♪
IMG_5097.jpg『涼拌醉鮑魚』酔っ払いアワビって感じでしょうか。美味しい!!!
IMG_5096.jpg 『蟹肉菜苗羮』蟹肉と菜心苗のスープ
IMG_5098.jpg『清蒸海杉班』蒸し魚♡ 間違いなしの美味しさ!
IMG_5100.jpg『留家煙燻雞』これも絶品!このお店のシグニチャーメニューのスモークチキン。今まで食べた中で一番と言えるほど、めちゃくちゃ美味しい!
IMG_5101.jpg『干巴菌醬爆蝦球帶子』蝦とホタテのマッシュルームソース炒め。
IMG_5102.jpg『虎掌菌扣五花腩』豚バラ肉の煮込み。紹興酒がかなり聞いてて美味!!!
IMG_5103.jpg『梅菜蒸芥膽』蒸しケール梅菜(中国漬物菜)ソース。
IMG_5104.jpg『瑤柱蛋白炒飯』貝柱と卵白のチャーハン。
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このレストラン、 シェフのKinさんにより2004年にスタートし、伝統的な広東料理を、材料にこだわり、MSGを一切使わずに時間をかけて丁寧に作られているそうです。2011年にはミシュランで星ひとつ取り、2013年にこの灣仔店をオープンさせたそうです。

Kinさん自身がデザインに加わったこだわりの店内には、彼のお家にあった中国の絵画がたくさん飾られているそうです。(←今回、料理とおしゃべりばかりで店内のアート、全く記憶にありません(汗)今度ちゃんと見て来よう^^;)

Kinシェフは、キャセイパシフィックのファーストクラス機内食も考案されているそうで、アメリカンクラブのゲストシェフもされているそうです。

どのお料理も丁寧に作られていて、とっても美味しいです!機会があれば是非!






WAH KING(華景)Garden Centre

コンクリートジャングルと100万ドルの夜景のイメージが強い香港ですが、車で30分ほど走るだけで、こんな素敵なガーデンセンターもあるのです♡
IMG_5147.jpg 九龍の街から西貢へ向かう途中のこの道を曲がって入ってすぐ。
IMG_5144.jpg広大な敷地に、お花も、盆栽も、観葉植物も、どりゃぁぁぁぁぁ!!!!!っとあり、しかも大変綺麗に手入れされていて素晴らしい♡
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IMG_5153.jpg IMG_5152.jpg アジアの置物も充実。
IMG_5149.jpg植木鉢も、ありとあらゆるサイズがこの写真の4倍分くらいあります。(^O^)/
IMG_5157.jpgスタッフさんは皆、英語も話せて植物の知識も豊富なので、種類によって上手く育てるコツなども気軽に聞けて助かります♪

この大涌口路には、他にもガーデンセンターがいくつかあって、私は↑の華景さんで良くお花や土、肥料などを買いますが、クリスマスツリーはこのTUNG WAIさんで毎年買います。もちろんデリバリーしてくれますよ。
IMG_5146.jpgMIZUKIなんて言う名前のお店もあり。
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もちろん街中で買うよりかなり安いし、なにより種類も豊富でよりどりみどり♪ オススメでーす!






溫氏家祠@大埔仔村(歴史建造物1419號)

この清水灣エリアに住んで早や12年。ここも、通る度に気になっていた村。重い腰あげてようやく行ってみました。(^O^)V
IMG_4297.jpg 村のゲートをくぐるとすぐに、こんな青年中心。まあ、いわゆる村の青年団集会所的な感じかな。
IMG_4270.jpg 
IMG_4271.jpgドアも窓も、味気のないサッシの普通のになっちゃってるのが残念だけど、屋根は歴史を感じる古い瓦葺きの造りになっていて、ちょっと萌えます。
IMG_4276.jpg少し奥へ入って行くと、小さな川のような下水道のようなのが走っていたり。
IMG_4289.jpgちょいちょい、ちょっと古いタイプの村屋が残っていたりはするものの、ほとんどは新界に普通にあるタイプの3階建の村屋がひしめき合うように建っていて、別に普通の住宅街の感じなので『ふ〜〜ん』と思いながらウロウロすると、急に遺跡のようなものに遭遇したりして、古くから人が住んでたのが伺えます。
IMG_4290.jpg 
IMG_4279.jpg IMG_4288.jpg
そしてちょうど村の中心部あたりの位置に、どえらい古い建物を発見!
IMG_4280.jpg木が生い茂って覆いかぶさっていて、もう今にも崩れ落ちそうなレンガ造りのこちら、大埔仔村147番地溫氏家祠』。香港歴史建造物1419號認定(階級認定は無し)でございます。(^O^)/
IMG_4281.jpg 古物諮詢委員會の資料によりますと、12世紀に山西省太原から嶺南(現在の広東・広西・海南・江西・湖南省)に移り住んだ溫一族の子孫が、1660年代にこの大埔仔村に住み着いたのが、この村の始まりだそうです。そしてその溫一族の14代目の子孫『溫士廣』さんが、ここに4軒繋がった溫一族の長屋式住居を建て、その中のひとつを溫一族先祖代々の霊を祀る場として残したそうです。なんと実に350年以上も前!!!残念ながら、4軒あった建物のうち住居だった2軒は建て替えられてしまい、今は2軒だけが残っていて、今でも溫一族の子孫が所有しているようです。

入り口からは、真っ暗な室内しか見えなくてか〜な〜り〜ビビりましたが、勇気を出して入ってみました。かなりボロボロで、あちこち雨漏りした壁が緑になってるし、窓もなくてとても暗いのですが、割と掃除もされてる感じで、今でもこんな風に先祖を祀ってありました。
IMG_4282.jpg今はもう、何代目に当たる溫一族の子孫なのかわかりませんが、先祖代々受け継がれて来たせっかくの歴史建造物、崩れ落ちる前に、もう少しだけ手入れしたら良いのにな〜。
IMG_4284.jpgちなみに、このような清時代の典型的な長屋タイプの建物を『斗廊』と呼ぶそうです。手前は”凹”と言う字の形になっていて、奥が瓦葺きの長屋になっているのが特徴らしく、どうやらこれも、風水的に良い気が集まるようにと言う意味があるんだとか!? そう言えば、新界で結構見るよね、このスタイル。

わかりやすい写真をネットで見つけたので、参考までに♡(注:↓下の写真はネットから借りています)
斗廊なるほど〜〜〜。

興味のある方はこちらのサイトをどうぞ。



蟠龍匯瑞 @灣仔摩理臣山道

皆さんは、ご存知でしたか???こんなに大きな金ピカの龍がこの街にいることを!!!

私はつい最近まで全く知らなくて、驚きました!!!すぐ近くの跳馬地(ハッピーバレー)に住んでた時もあり、この前の道も毎日通勤で走ってたのに、全然気づかなかった!!!えー!いったいいつからあったのー??(@_@;)
IMG_4383.jpgってなわけで、調べました。いや、、、調べた。と言うよりは、この像に説明書きがしてあったのを写真に撮って来ただけですが(笑)そしたら結構、最近の話しでした。・・・と言っても14年前だけどね〜(^_^;)
IMG_4380.jpg2003年。香港にSARSが襲いかかり、非常に困難だった当時の湾仔区議会長のPeggy Lamと言う方が、どうやらドクターの方だったようで、この厳しい時期を乗り越えるには、生活環境衛生面の最大限の強化と、市民が前向きになれる心理療法『龍馬精神』(龍のように天にのぼり馬のように走り続ける不撓不屈の精神)の祈りが大切だと考えたようです。

『龍と馬』のコンビネーションを考えた時、『馬』はすでに跳馬地(ハッピーバレー)のジョッキークラブ前に馬の銅像があるので、ここに『龍』の銅像を作れば、豊富を呼ぶペアとしての良いアイコンになるのでは!と思い、民政事務局の許可を得て、着手することになったそうです。・・・って、ジョッキークラブの馬、思いっきりギャンブル像やけどね(笑)

デザインを手がけたのは香港の著名なジュエリーデザイナー『何伯陶』氏による無償の社会貢献だそうで、中国の施工業者との素晴らしい努力によって、この龍の銅像は『普遍的な繁栄と平和』のシンボルとしてここに完成し、2003年12月19日、当時の財政長官がテープカットしたとの事です。
IMG_4385.jpg銅像だった龍はその後すぐにこの地区の新たに人を呼ぶランドマークとなり、何氏の率いる会社が基金を立ち上げて募金を募り、集まったお金で全面に金箔を貼り付け『銅の龍』は『金の龍』になったそうです。こう言うところ、めっちゃ香港(笑)

そして更に8年後の2011年、貼り付けた金箔が徐々に剥がれて劣化し始めた為、何氏は自ら『金龍像基金』に18万ドルを寄付し、一般からも寄付を募り、計25万ドルかけて光沢を取り戻す修復作業は無事、2012年に完了した。との事。上のプレートは、その寄付をしてくださった方へのお礼として、2012年4月16日、発案者であるドクターLamさんが贈ったようです。

それにしても、完成してわずか8年で剥がれて劣化して修復て、早くない?(笑)そしてこうやって、金額も明記してプレートにしちゃうところも、香港っぽくてウケました。ww
IMG_4378.jpgそしてこの金ピカ龍は『蟠龍匯瑞』と命名。とりあえず、漢字の意味を調べましたよ。調べてなるほど!!!縁起がいい!!!香港やわ〜〜〜♪
蟠=とぐろを巻く
龍=龍
匯=水の流れが1箇所に集まる、合流する。
瑞=幸運、めでたい事

しかも『笑口常開』で龍も笑っています。笑みを絶やさず、いつもポジティブで過度に思い煩わない事。の四字熟語です。『愛笑的人、運気都不会太差』=『よく笑う人は、運気が下がらない』とも言いますね。
IMG_4387.jpg 
さすが、打たれ強い香港。常に前向きで、困難を乗り越えるパワーが素晴らしい♡


皆さんも、この龍を見に行って、円形状の噴水部分にコインを投げ入れたら、強運が集まって来て笑顔になれるかもしれませんよ!(←注:こんな伝説はないです。私が勝手に言ってるだけww)


是非!



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